N級は、「エヌ級」ではなく、「なす級」と読みます。だから、「B級」より劣っているというわけではありません。むしろNo.1のNだと思ってください。

では、なぜ東向島で「N(なす)級」なのか。当然の疑問です。

実はこのN(なす)は「寺島なす」を意味しています。

寺島なすは、江戸の昔この地域が寺島村(テラジマムラ)と呼ばれる農村だった頃、この地域を代表する産物でした。

その後明治に入るとこの地域には多くの工場が生まれ、また大正期に関東大震災、昭和には大きな戦争もあり、農地の減少とともに寺島なすもいつの間にか忘れられてしまいました。栽培されていたのは大正期までという推定もあります。

しかし、長い空白の後、寺島なすは奇跡的に復活しました。

きっかけは平成9年(1997)にJA東京グループが白鬚神社の今井達宮司の理解を得て境内に「寺島なす」の説明板を設置したことでした。

そこでは、享保20年(1735)の「続江戸砂子温故名跡志」に「寺島茄子、西葛西の内也。中の郷の先、江戸より一里余」、「夏秋の中の嘉蔬とす」と書かれ、寺島なすが江戸近郊の名産であったことが説明されており、これを読んだ地域の人々による寺島なすのタネ探しが始まりました。

平成21年(2009)、東京都農林水産振興財団の食育アドバイザーだった大竹道茂氏(現江戸東京・伝統野菜研究会代表)が、独立行政法人農業生物資源研究所に残されていたタネを取り寄せ、第一寺島小学校の創立130周年記念行事としての寺島なす復活プロジェクトを提案、それに共鳴した東向島の氏神である白鬚神社の今井達宮司、郷土史家でもある向島百花園「茶亭さはら」の佐原滋元氏らの尽力で児童と父兄による挑戦が始まりました。

この挑戦では、東京三鷹市のなす農家・星野直治氏の育苗と栽培指導での大きな貢献もありました。

現在、寺島なすは多摩地方を中心に栽培されており、まだ生産量は多くはありませんが、青果市場でも取引されるようになっています。

江戸東京野菜普及推進連絡協議会
江戸東京・伝統野菜研究会

寺島なす

この「寺島」という地名、現在も小・中学校の校名などには残っていますが、それ以外で目にする機会は少なくなってしまいました。

私たちはこの寺島なすを地域の歴史の証しとして、またこの東向島のシンボルとして広くアピールしていきたいと考えています。

寺島なすマーク

その具体的な行動のひとつが「東向島N(なす)級グルメ」です。

この秋から私たちは、東向島の飲食店や食品製造/販売店で提供されている寺島なすを素材にした料理やお菓子、パンなどの食品を「東向島N(なす)級グルメ」と呼ぶことにしました。

現在、「東向島N(なす)級グルメ」を扱っているのはまだ十数店舗です。でも、これからどんどん増えていきます。そしてメニューや商品のバリエーションも豊富になります。

ぜひここ東向島を訪ねて、「東向島N(なす)級グルメ」を味わってみてください。

目印は、店頭のこのマークです。

東向島N級グルメ取り扱い店舗(平成26年9月現在)

*下記は各店の代表的なメニュー/商品です。ご提供できる季節や曜日に限定がある店舗もあります。ご利用の際にご確認ください

  •  酒呑童子(秋田料理・居酒屋) 「寺島なすときりたんぽの天麩羅」など
  • ひまわり(もんじゃ・お好み焼き) 「寺島なすトッピングもじゃ」など
  • 横浜飯店(上海料理) 「寺島なすの中華味噌炒め」など
  • 養老乃瀧東向島店(居酒屋) 「寺島なすの肉巻き焼き」など
  • トムトム(レストラン&ベーカリー)「寺島なすとタコのアヒージョ」「寺島なすの肉味噌パン」など
  • 春栄亭(和食) 「寺島なすのしぎ焼き」など
  • 明香苑(居酒屋) 「寺島なすのチーズ焼き」など
  • 山げたん(居酒屋) 「寺島なすの生姜焼き」など
  • 尾張屋(そば) 「冷やし揚げなす蕎麦」など
  • サンタクローチェ(カジュアルイタリアン) 「寺島なすと小海老のトマトソーススパゲッティーニ」など
  • 菓子遍路一哲(和菓子) 「寺島なす最中・なすがままに」など
  • 坂本せん餅(煎餅・和菓子)「寺島なすおはぎ」など
  • だいき青果(野菜・果物) 「寺島なす」の販売