■「寺島なす」のお話し

江戸時代に幕府が各地の大名に米や野菜等の産物の生産力(村高)を報告させ、まとめた「郷帳」という歴史資料があります。

その一つ「元禄郷帳」によると、当時(1700年前後)の寺島村(現東向島周辺)は、隅田川が運んでくる肥沃な土壌を利用した米と野菜作りを主とする江戸の近郊農村だったようです。

その寺島村の作物の一つだった「寺島なす」について、享保20年(1735)の「続江戸砂子温故名跡志」には「夏秋の嘉蔬とす」とあり、文政11年(1828)の「新編武蔵国風土記稿」には「形は小なれどもわせなすと呼び賞美す」と書かれています。

すでに18世紀の初頭には「寺島なす」は江戸の人々にとっての「ブランド野菜」であったことがうかがえます。

小振りサイズが特徴

その「寺島なす」、食べ物としての特徴はどうでしょうか。

上にもあるように、「小ぶり」であることが一つの特徴です。その大きさは「卵の大きさ」とか「女性の拳くらい」と表現されることが多いのですが、つまり、〝あまり大きくならないうちに食べるのが良い〟ということのようです。

なおある主婦によると、この小ぶりで〝コロンとした〟姿のために、野菜嫌いの子供たちでも「カワイイ!」と言って丸ごと1個食べてくれるとのことです。寺島なすは、その姿自体にも効用があるようです。

味と食感はどうでしょうか。

寺島なすは「(小ぶりなのに)皮が硬い」と言われることがあります。確かに他の小型ナスに比べるとやや硬めのようです。〝あまり大きくならないうちに〟と言われるのも(摘果しないでおくと、ある程度大きくなります)、皮の硬さを避けるためとも想像できます。

もっともこの硬さを〝歯応えが良い〟と好む人もいますから、まあ、好き好きというべきかもしれません。

味。一般的なナスに比べると身が詰まっていて、味も濃厚だと感じる人が多いようです。やや「エグみ」があるという人もいますが、これを「味が深い」と表現する人もいます。

皮が硬めなこともあり、煮る・焼く・揚げるなど、火を通す調理法が一般的ですが、塩もみや浅漬けが好きという人もいます。

なかには、生で横半分に切って、小皿に入れた醤油にギュッと押し付けてかじるのが一番だ!と主張する人もいます。

ナスとして個性的なだけに、食べ方にも「これしかない!」はないようです。皆さんも色んな食べ方にチャレンジしてみてください。

「寺島なす」復活の原点

東向島(旧寺島村)の鎮守である白鬚神社は天暦5年(951)、現在の滋賀県高島市にあった白鬚神社から分祀されたのが始まりです。

主祭神の猿田彦大神が古事記などで正しい方位を示す神とされていることから、旅行や方災除の神様として信仰され、江戸期からはお客様を道案内してくださる神として「商売繁盛」の祈願もされるようになりました。

その白鬚神社の境内にあるのが、平成9年にJA東京グループが設けた「寺島ナス」の説明版。この説明板が、現在の「寺島なす」復活運動の始まりでした。

白髭神社提灯
寺島なす説明板

■「寺島茄子乃介」

寺島茄子乃介
茄子乃介フィギュア

寺子屋にでも通っていそうなこの坊や、寺島茄子乃介といいます。

「寺島・玉ノ井まちづくり協議会」の皆さんのアイデアと支援のもとに、東向島在住のアーティスト・石川良男さんが、街の、そして「寺島なす」のシンボルキャラクターとして制作されたものです。

茄子乃介は、東向島駅前に立って地域の人々の送り迎えをしている他、街や商店街が発信する様々なメディアでも活躍しています。